結婚式での指輪の存在感。

結婚式での指輪の存在感。

指輪を見て思う結婚生活の軌跡

指輪など今までほとんどしたことのなかった僕が、結婚式の日に教会で神父さんや参列者の前で永遠の愛を誓ったあと、指輪の交換をして以来ずっと、その日つけた指輪が、僕の左手の薬指に収まっている。いつも指輪がそこにはまっているということについて、最初はあまり慣れなかったような気もするけれど、今となってはこの左手が僕にとっては当たり前になってきている。そんなふうに思いながら、改めてきちんと指輪を眺めてみると、細かいキズが無数についていたり、少々輝きが鈍っているようにも見える。あの日の、結婚式の日の時のような新しさは正直影をひそめている。

でもなぜか、それを悲しく感じたりはしない。むしろなんだか微笑ましい気持ちになってくる。なんでこんな気持ちになるのだろうと自分自身に問いかけてみる。そうすると、深く思考せずともおのずと答えが浮かび上がってくる。この指輪から感じられる時間の経過は、とりもなおさず僕がこれまで歩んできた妻との時間の経過を表している。結婚して以来、毎日一緒に生活をともにし、そのなかでともに経験した全ての事柄が、いってみればこの指輪の中に刻まれているようなものだ。結婚し、ともに生活をするということは、何も楽しいことばかりじゃない。指輪の細かなキズのように、時にお互いが痛みをともなうようなこともある。だけど、その過程で絆が深まったり、よりお互いを理解するようになり、日に日に夫婦が作られていくのだと思う。指輪を眺めていると、そんな結婚生活の軌跡がなぞられるようだ。

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